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全国に眠る8mmフィルムを蘇らせる会社

都道府県北海道 年代20代 業種デザイン・編集
 株式会社シンプルウェイ
[ 代表取締役 ]
阪口 あき子 さん

古い8mmフィルムをDVDに変換するサービスで急成長している阪口あき子さん。しかし、軌道にのるまでには、実母の病気や事業内容の模索など、つらい時期もありました。

起業したとき

仕事の経験
結婚
子ども
生かさなかった していた いなかった

プロフィール

静岡県立大学国際関係学部卒業。在学中から起業を志し、多種多様な経験を積むため、1996年に株式会社アルバイトタイムスに入社。27歳で管理職試験に合格し営業課長になる。結婚して、函館に転居したのを機に、2003年4月、合資会社シンプルウェイ設立。2004年「想い出編集局」開業。2005年「8mmフィルム工房」開業。2007年9月、日本商工会議所「女性起業家大賞」で奨励賞受賞(全国3位)。

起業年表

年齢 西暦 主な活動
20歳
1994年
祖父が撮影した8mmフィルムを独学でVHSに変換。就職活動の「自己分析」をきっかけに、起業を志す 
22歳 1996年 静岡県立大学国際関係学部卒業。株式会社アルバイトタイムス入社。求人広告営業として営業成績はトップクラス。その後経営企画部に異動、全社の営業企画、広報、新規事業展開などにあたる 
27歳 2001年 管理職試験に合格して営業課長となり、部下を率いることに 
28歳 2002年 結婚。12月に退社、函館に転居 
29歳 2003年 起業準備を開始。事業計画書を書き、一般家庭向けの映像制作事業の構想をまとめあげ、合資会社シンプルウェイ設立。その後、実母の末期ガンが発覚したため、翌年まで、事実上休業することになる。「一般向け映像制作事業計画」が、函館市チャレンジ計画(200万円)、北海道起業化計画(250万円)の2つの創業助成金に合格 
30歳 2004年 実母逝去。映像制作を気軽に頼める店「想い出編集局」を開業。函館市産業支援センターインキュベートオフィスの入居審査に合格し、入居。スタッフ2名を雇用。函館の観光客向け映像制作事業を構想し、北海道渡島支庁新産業創造事業(助成金100万円)に合格 
31歳 2005年 観光客向け映像制作事業の実証実験を行うが結果は芳しくなかったため、お客様に好評の「8mmフィルムのDVD化」に活路を求め、「8mmフィルム工房」を新たに開業。業界初の見積もりフォームを備えたホームページを作成。依頼は増加の一途をたどり、毎月スタッフを増員し、年末には10名になる 
32歳 2006年 長男を出産。夫が1年間の育児休暇を取得して家事と育児を担当してくれたため、産後1ヶ月で職場復帰。「はこだて湯の川オンパク」というイベントの企画を担当 
33歳 2007年 「8mmフィルム工房」がフジテレビ「とくダネ!」、朝日新聞全国版、NHK「おはよう日本」で紹介される。劣化フィルムの修復技術に関する共同研究を、北海道立工業技術センター・吉岡映像設計事務所(京都)と開始する。日本商工会議所「女性起業家大賞」で奨励賞受賞。「8mmフィルム工房」に注力するため、「想い出編集局」を休業。事務所移転に伴い、株式会社に組織変更 

起業ストーリー

きっかけは、独学で始めた8mmフィルムからVHSへの変換

阪口あき子さんが「8mmフィルム工房」を始めるきっかけは、20歳のときの出来事でした。昔祖父が撮影した8mmフィルムを独学でVHSに変換して、家族・親戚にみせたところ非常に喜んでくれて、その喜びように感激したのです。また同じ頃、就職活動の「自己分析」により、「自らが活きるのは社長業。人生が充実するのでは」と考え、起業を志すようになりました。
大学卒業後、起業を勉強できる会社を探し、無料求人誌を発行しているベンチャー企業に入社しました。営業のトップクラスで活躍した後、全社の営業企画、広報、新規事業展開などにあたりました。毎晩深夜に及ぶ残業でしたが、仕事が面白くて仕方がなかったそうです。当時最年少で、管理職試験に合格して営業課長となり、部下15名を率いることに。しかし、部下の半分以上が自分より年上で、かつ男性が多く、どう指導してよいのか分からず苦しみました。課の営業成績の伸び悩み、部下の退社など、上手くいかないことの連続で辛かったそうです。でも今振り返れば、そのとき苦しんだことによりいろいろな勉強ができたので、一番良い経験だったと語ってくれました。
結婚に伴い、北海道函館市に転居することになりました。「結婚は起業に踏み出す良いきっかけだった」そうです。

起業準備は、本屋で会社設立手続きに関する本を買うところから…と、まさにいちからのスタートでした。事業内容も白紙で、「現代社会のニーズ」と「自分自身の能力」を洗い出し、約2ヶ月間ひたすら事業計画書を書きました。そして、一般家庭向けの映像制作事業の構想をまとめ、2003年4月に合資会社シンプルウェイを設立。合資会社を選んだ理由は、当時株式会社を作るには資本金が1000万必要だったことと、珍しい形態で印象に残ると思ったからです。まずは、一人で営業・制作し、事業計画の実現性を試すことにしました。映像制作業界の経験はなかったのですが、広告会社での営業・企画・広報・管理職経験が活きました。

起業後の苦しみ(看病との両立、事業内容の模索)

順調にスタートを切ったかに思えた、会社設立の翌月。実母の末期がんが発覚し、ほとんどを静岡の母の病床で過ごすこととなり、事実上休業となってしまいました。それでも、書類や資料を書き続け、「一般家庭向けの映像制作事業計画」が、函館市チャレンジ計画(200万円)、北海道起業化計画(250万円)の2つの創業助成金に合格しました。これらの応募書類は病室で書いたもので、お母様はとても喜んでくれたそうです。
その後、実母逝去。心の穴を埋めたい一心で、映像制作を気軽に頼める店「想い出編集局」を開業。開業にあたり、函館市産業支援センターインキュベートオフィスの入居審査に合格し、スタッフを2名雇用しました。開業から半年は、赤字と黒字が交互の日々。1つ受注するとその制作で手一杯になり、営業ができず、次の仕事の受注が難しいといった状況で、売上もあまり上がらず、打開策を練る毎日でした。
その後、函館を訪れる観光客向けの映像制作事業を考え、北海道渡島支庁新産業創造事業(助成金額100万円)に合格しました。この助成金で、サービス化に向けた準備を進めて実証実験を行いましたが、結果は芳しくなく、事業化することは断念しました。相変わらず売上は悪く、どうしたら良いか悩む日々が続きました。

「8mmフィルム」に活路を見出す

紆余曲折の後、創業時からお客様に好評いただいている「8mmフィルムのDVD化」に活路を求めることにしました。約3週間の突貫工事で準備を進め、ホームページ・システム・料金・宣伝方法などを構築しました。
そして、「8mmフィルム工房」を新たに開業。インターネット上で営業を開始。業界初の自動見積りフォームを備えたホームページは阪口さんの読みが当たって、大変好評で、全国から依頼が入り始めました。その後、依頼は増加の一途をたどり、嬉しい悲鳴状態に。毎月スタッフを増員し、最初は2名だったスタッフが10名になりました。スタッフ採用について、阪口さんのこだわりは、乳幼児を育てるお母さんや、障害者の雇用です。障害者の採用にあたっては、「函館ハローワークみどり」の窓口や「障がい者就職支援団体すてっぷ」などが熱心にサポートしてくれています。このように事情のある方の採用は、阪口さんにとって大きな喜びであり、その熱心な仕事ぶりにいつもパワーをもらっているそうです。

32歳のとき、長男を出産。夫が一年間の育児休暇を取得して育児と家事を担当してくれたため、産後1ヶ月で職場復帰し、「はこだて湯の川オンパク」というイベントの企画を担当しました。お世話になっている地元函館に何か貢献したいという思いで引き受けました。イベントは大成功を収めると同時に、函館内での知名度があがり、日経新聞全国版や、北海道新聞で紹介され、地元でのネットワークも厚みを増しました。
その後、「8mmフィルム工房」がテレビの特集や朝日新聞全国版で紹介され、2007年に、日本商工会議所「女性起業家大賞」で奨励賞受賞(全国3位)。
また、劣化フィルムの修復技術に関する共同研究を、北海道立工業技術センター・吉岡映像設計事務所(京都)と開始しました。2008年春には日本初の8mmフィルム修復機を完成させる予定です。
創業時からの「想い出編集局」は、「8mmフィルム工房」に注力するため、休業としました。
2007年10月には広い事務所に移転すると共に、合資会社から株式会社へと組織変更を行いました。出資金が少なくてもすむようになったことで、念願の株式会社を作ったのです。

阪口さんから起業を志す方へ、「起業は、苦労は多いですが、喜びも大きいです。起業を志した瞬間から、あなたは『起業家』です。様々な経験を積み、人生を豊かなものにしましょう!」というメッセージをいただきました。

会社概要

会社(団体)名 株式会社シンプルウェイ
URL http://omoide.tv
創業 2004年2月   
設立 2003年4月18日
業務内容 映像制作(8mmフィルム等からDVDへの変換など)

(阪口 あき子さんの場合)

起業のきっかけ、動機

20歳の頃、就職活動の「自己分析」で、自分を社長向きだと考えました。学生時代は、リーダーとして活動しており、会社組織の歯車となるより、それを率いるポジションで責任持って動くことが自分には向いているし、自分の人生を充実させると考えました。身内に自営業主が多いことも影響したと思います。最初は「何の事業をやるか」にこだわりはなく、現代社会の中で人々が必要とする「何か」を生み出せる組織を築きたいと考えました。

起業までに準備したこと

ベンチャー企業で、実務経験を積みました。起業を志した20歳の時点では、「何の事業をやるのか」「どうしたら起業できるのか」の両方が分からなかったため、まずはそれらが見つかる・勉強できる会社に就職しました。就職した会社は、無料求人誌のベンチャー企業。創業者はベンチャースピリットあふれる方で、男女差別や年功序列は全くなく、そこで起業家としてのあり方を学ぶことができ、また、様々な業界・規模の会社の経営者や現場管理職と出会い、自分が起業した時のことを考えながら彼らと接しました。その他、営業・営業企画・広報・管理職などの経験を積みました。毎晩深夜に及ぶ残業でハードな職場でしたが、「将来の起業に役立つ」と思いましたし、自らの世界が広がっていく実感があって全く辛く感じませんでした。
ほかに、起業資金500万円、起業に関する知識の習得(本、雑誌などの講読。事業計画書作りなど)を準備しました。

起業時に一番苦労したこと

起業直後に実母が末期ガンだと分かり、精神的に起業を続けられなくなりました。何もする気がおきなくて、仕事を与えられるサラリーマンと、仕事を創り出す経営者、この違いを実感しました。仕事とプライベートの両立についても、時間的に区切りがないので、経営者の方が難しい部分があるとわかりました。結果を出してこそ経営者。お金を稼げない経営者は誰も付き合ってくれないと身に染みました。

起業社長の守備範囲が想像以上に広いことにも苦労しました。
事業計画、広報、営業、制作、経理、人事、雑務…全てを自分でやらなければなりません。サラリーマン時代は部下を持ちチームで取り組んでいたので、なおさら落差が激しかったです。自分でチラシを書き、コピーして、飛び込み営業して、受注して、制作して、経理処理して…黙々と取り組みました。まだ事務所に私を含め3人しかいない時、空いたスペースに「将来はここに制作スタッフが座って、パソコンが何台並んで…」とスタッフに夢を語っていました。(15人体制となった今は、夢が現実になりました)

だからうまく起業できた!…その一番の理由

準備に10年を費やしたこと。
サラリーマン時代、社内外で「将来は起業」と公言しながら貪欲に働きました。特に、営業の経験が積めたことで、営業の本質を知り、技を身につけることができました。

結婚相手が素晴らしい男性だったこと。
私の「起業したい」という思いを理解し、心から応援してくれる人と結婚することができました。仕事を共にしてはいませんが、いつもよき相談相手です。起業後2年間、私は家計に全く貢献できませんでしたが、彼の収入のおかげで生活を心配することなく起業に打ち込めました。また、出産後は彼が1年間育児休暇を取り、育児・家事を全て担当してくれました。彼の両親も私を応援してくれていて、良い家に嫁いだと思います。

起業時の環境(友人や家族の協力他)

家族も友人も、精神面で多大なる応援をしてくれました。事業計画作りの段階におこなった100名へのアンケートは、家族・友人のおかげでスムーズに集まり、非常に参考になりました。
夫については、他で聞いたことがないくらい協力的な男性であると思います。私の深夜残業や土日出勤にも嫌な顔をしないし、家事・育児を一緒にやってくれる。辛いときは励ましてくれるし、喜びは分かち合えている。結婚しなかったら、こんなふうに会社を成長させることができなかったと思います。

最初のお客さんと営業方法

最初のお客様は大学教授で、大学関連のイベント映像制作でした。この方は、函館市主催「女性起業家講座」に参加した際、講師をしていた方で、その後も様々な相談にのっていただいています。

起業初期の頃は毎日、飛び込み営業をしていました。一般住宅や、官公庁、企業など。その中で営業トークや商品を磨き、ホームページに反映させていきました。お客さんの生の声を収集する意味で、飛び込み営業は意義のある取り組みだと思います。現在は受注経路のほとんどがホームページで、全国から受注しています。

起業の際の重要ポイント

私が「一般家庭向けの映像制作事業」という事業を選んだのは次の5つの理由によります。
1.ビデオカメラが子どものいる家庭の8割に普及していながら、その制作を請け負う映像制作会社がないという現状。(全国の全ての家庭が顧客対象となりうるということ、競合のないこと)
2.精神的に厳しい現代社会において今後、「思い出」の価値や社会的ニーズが高まると感じたこと。
3.インターネット上で今後、「映像」のニーズが高まると感じたこと(事実、その後YouTubeなどがスタートし、映像コンテンツのニーズは高まっている)。
4.映像制作業界は職人気質・男性中心であり、女性の感性を生かした会社・サービスで独自性を見出せると考えたこと。
5.投資や仕入れが少なくて済み、新規開業のリスクが少ないと考えたこと。
当初、事業計画にはこだわりがなく、「現代社会に必要とされるビジネス」でかつ「自分が取り組んで成果がだせるもの」をと考えました。いくつかの事業計画を練った中で、本事業に最もビジネスチャンスを感じたため、選択したのです。

役に立った情報源や相談先

公立はこだて未来大学 鈴木克也教授(野村総研出身、専門はベンチャー起業論)。

開業資金

自己資金500万円と、函館市創業助成金200万円、北海道創業助成金250万円。

活動拠点(事務所・店など)

創業から3年強は、函館市産業支援センターインキュベートオフィス。現在は賃貸テナントにて事務所開業。

起業時の管理体制の整備(税理士、弁護士、弁理士など)

地元の商工会に加入し、労務管理・経理などでわからないことは経営指導員の方に教えていただきました。
あとは直接、税務署や担当官公庁に質問しに行って自分で処理しました。
売上額が大きくなったので、顧問税理士を契約する予定です。

起業後の転機

「家庭で撮影された映像なら何でも」という創業時のスタンスをやめ、「8mmフィルム限定」の店を別に作って「想い出編集局」と2本だてにし、その後「8mmフィルム工房のみに注力」と切り替えたこと。(想い出編集局は2007年に休業)
ニッチな市場にパワーを注力し、さらに技術・知名度・売上を高めていく計画です。

起業して自分が成長したと感じたこと

サラリーマン時代、管理職として15名の部下を持ちましたが、役割を果たせませんでした。(いつも不安でいっぱいで、たくさん失敗もしました)今は、14名のスタッフを指揮指導し、会社を率いることができている実感があります。サラリーマン時代の失敗経験を活かせました。ただし、現在の私は「管理職」的であるので、「経営者」としてもっと大きな視野、時間をみて、会社の今後に必要な選択をしていきたいです。

起業を志す人への一言アドバイス

起業は大変です。安易に起業すべきではありません。資金をためて、必要な経験を十分に積んでからにしましょう。(特に営業・経理・人事といった業務の経験が必要です。「良い物なら売れる」と考える方は、特に営業経験を積みましょう)起業してからはお金がどんどん出て行きます。働きながらなら、タダで経験を積むことができます。なるべく起業について公言し、紙に計画を落とし、様々な人から意見を求めましょう。厳しいアドバイスをする人を大切にしましょう。

気分転換のしかた

旅行。起業と育児に忙しい毎日ですが、ちょっと時間がとれると北海道内や東北などを旅行しています。また毎年、海外に行くようにしています。

その他伝えたいことなど

起業を志すならまず、現在置かれた場所で人の倍の成果を出しましょう。実務での結果はもちろん、経営者や上司・同僚とのコミュニケーションが円滑にいくようでないと、起業後の複雑な人間関係をまとめることはできません。(今の仕事や職場が嫌だから起業する、では上手くいかないと思います)
ご家族に反対されている場合は、その理由をじっくり聞きましょう。そして、ご家族の心配を解消すべく努力をしましょう。(ご家族はあなたをよく見ていて、心配事=起業家としての欠点として当たっていると思います)ご家族を味方にできないのなら、時期尚早だと思ってよいと思います。
いざ起業して従業員を採用する段階になったら、自己分析をしっかりして、自分の欠点を埋めてくれる人材を採用しましょう。(私の場合、創造性のある仕事は好きですが経理業務や正確性を要する業務が苦手なので、経理経験を持ち細やかな仕事を得意とする40歳女性を採用しました)
起業は、苦労は多いですが、喜びも大きいです。起業を志した瞬間から、あなたは「起業家」です。様々な経験を積み、人生を豊かなものにしましょう!


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