全国に眠る8mmフィルムを蘇らせる会社
最初のお客様は大学教授で、大学関連のイベント映像制作でした。この方は、函館市主催「女性起業家講座」に参加した際、講師をしていた方で、その後も様々な相談にのっていただいています。
起業初期の頃は毎日、飛び込み営業をしていました。一般住宅や、官公庁、企業など。その中で営業トークや商品を磨き、ホームページに反映させていきました。お客さんの生の声を収集する意味で、飛び込み営業は意義のある取り組みだと思います。現在は受注経路のほとんどがホームページで、全国から受注しています。
ITを駆使して、幅広くビジネス展開
プロダクションの下請けをお願いしたり、とびこみで企業に「お願い営業」するスタイルはしない(できないし、やりたくない)と決めました。最初のHPの成功体験を生かしました。つまり、自分の得意なオリジナルコンテンツを発表し、それが各種メディアにとりあげられ、それをみた人から仕事依頼がくるというよい循環スタイルです。2002年に、ブロードバンド時代を見越した東北弁のインターネットTV「JENGO-TV JAPAN」を立ち上げ、一躍話題の人となりトントン拍子に仕事につながりました。
授乳服の製造・販売
近所の授乳中の友人や、パソコン通信(当時はそう呼んでました)の育児サイトで知り合った方たち、同じ助産院で産んだ友人など。商品開発の相談もしながら買っていただいた感じです。
その後は、カラーコピーで簡単なパンフレットを作って、ミニコミ誌などに小さな記事で紹介してもらったり、個人売買の情報誌(当時はまだインターネットが盛んではなかったのでこういう媒体があったのです)、資料請求に応じて送って注文をいただいたり、というように徐々に広げてきました。
草木染工房&茶房
その当時「女性が廃屋を改修して…」というのは珍しく、すぐにマスコミが動き始め、たくさん見学の方がいらっしゃいました。来てくださる方がくつろげる場所として存在したかったので、作品を販売することより、まず「ここを好きになってもらう」と言う事を目標にしました。ここのものだから買いたい、ここの行事だから参加したいと思ってもらえるファンづくりに気を配り、そのために「からっぽ通信」を2ヶ月に一度発行して、まわりの自然の状況や自分の思いを送り続けました。
工夫の巻きずしで町おこし
最初は地元の人でした。大勢の人に味を知ってもらうため、いらしたお客様に食べてもらっていました。
(例えば、3本残っているところに5人のお客様がいらした場合、3本を売るのではなく、「うちのはこんな味です。よかったらまたお越しください」と、切って5人のお客様に食べてもらっていました)
新聞に「農村コンビニ誕生」と載り、ネーミングが人を呼んだのかもしれません。
また、ラジオ、テレビが取材にくるようになり、口コミもあって、拡がってきました。
ハウスクリーニング事業のパイオニア
会社を設立したものの、なかなか仕事に結びつきませんでした。そこで、事務所でじっとしているよりも外に出たほうが何かに出会う可能性がある、と思って町を歩いていると、不動産会社の看板が目に飛び込んできました。そして「掃除の場面は、賃貸物件の引越しにある」と思いつき、飛び込み営業をした結果、ちょうど春の引越しシーズンだったこともあり、「空き家になったアパートの掃除をやってみる?」と言われました。それがお客さん第一号です。
親子のためのスキンケア商品の開発・製造・販売
最初に私の手元にあったのは、石けん3000個。これが最低製造個数でした。広告を打っても全く売れなかったので、自分の知り合いに手紙を書き、子どもが通っていた0歳児専門の保育園の保護者の方などに、簡単な紹介文と連絡先を載せてサンプルとして配りました。雑誌社などに記事として紹介してもらえるように頼みに行くこともありました。こうた地道な営業で少しずつリピーターが増えていったように思います。
中小企業の健全な経営をサポートするために
ちょうど12月だったので、年賀状で開業のお知らせをしました。また、まずは自分が税理士をやっていることをたくさんの人に知らせるために人の集まるところに出る必要性を感じ、異業種交流会にも積極的に参加しました。紹介してもらうつもりで開業の連絡をすると、その社長さんが顧問先になってくださったり、その後、また別の人を紹介してくださったりを繰り返して、今に至っています。
戸建住宅の建築・リフォーム・施工
前職の会社の下請けという形で仕事をもらいました。と同時に、チラシ配りや飛び込み営業などを行っていきましたね。法人にした後、地域新聞にマメに広告を出していったのですが、「あいちゃんほうむ」という名前にインパクトがあるようで、宮崎市内でもよく知られる存在になっていきました。また、『家づくりはじめの一歩』というガイドブックも制作。営業ツールにしています。
オリジナル和布製品の製造・卸し・販売
雑貨店の時は、地元、高知県のお客さまです。オリジナルの和布を展開する時は、百貨店のギャラリーで初めて個展を開いた時にいらした大手百貨店のバイヤーが足がかりになりました。商品を気に入ってくださり、わざわざ高知まで来て取引したいと熱意を持ってお話いただいたことで取引が始まり、そこから全国ブランドへと羽ばたけたのだと思います。
美濃和紙で作るウエディングドレス
最初に私の美濃和紙のウエデングドレスをお買い上げいただいたのは、私が出演したテレビを見た方で、自分の娘が嫁ぐ時には、他人とは違うオリジナルのドレスを着せたいと思われていたそうです。書道家でもあり、美濃和紙の素晴らしさをご存知でした。とても気に入っていただき8年後、下の娘さんのウエデイングドレスも作らせていただきました。
人と人とのつながりを紙コップアートで体感
自分の活動記録を多方面に送っているうち、新聞に掲載されたことがキッカケでした。掲載された記事を見て、連絡をくださったのがある高校の先生でした。全校生徒と校長先生が糸でんわで話をする、というワークショップでしたが、こういった経験をあちこちで積みながら、口コミやマスコミによって、徐々に活動が広まっていったように思います。
バイオ苗の研究開発・生産・販売
営業は夫が担当してくれました。
新聞や雑誌の掲載をみた方からの問い合わせに対応したり、“お客様の困り事なんでも相談受け付けます”と年に2〜3回、車で北海道から九州、鹿児島まで訪問したり、地道な営業活動をしてきました。その結果、顧客からの口コミも増え、信頼関係ができ、だんだんと顧客が増えていきました。
生活弱者のための日常生活サポート事業
最初はチラシをポスティングして歩きました。記者クラブにポスティングしたことで、新聞に記事として載せてもらい、それを見た方から連絡をもらいました。ケアマネジャーさんからの電話が最初だったでしょうか。介護保険内ではできない病院への付き添いをお願いできないか、という相談だったと思います。
足と靴のカウンセリング・インソール製造販売
紹介で来てくださった方。資金も無かったので、手作りでちらしを作り、ポスティングなどを行いました。また、百貨店の催事や病院での催しものなどに出展させて頂き、そのような場所で、「足と靴の相談会」などを実施し、少しでも多くの方に知っていただけるよう努力をしました。
タイと日本の国際交流ビジネスを目指す
起業する前から、自分がどんな仕事ができるかをブログなどでアピールしていたら、身近な方々から声をかけていただき、特に最初は営業をしませんでした。ただし、営業は好きなので「ここはいいかも」と思ったところには、すぐに電話かメールをしてアポイントを取ります。
筆文字デザイン・デザインアートプロデュース
最初はお隣の表札を無料で作らせてもらいました。そしてそのお友達が新築をされるので注文をいただいたのが一番最初です。その表札が情報紙に取り上げられ、それが元で新聞やテレビで紹介されたのです。その後は営業はしていません。紹介や口コミで今まで続いています。
ミルク酵母パンの製造・販売
開店前からTV取材が決まっていたので、工事中からガラス前面にオープンを知らせ、開店時は客が殺到しました。もちろん、オープンの案内は、それまでにパンを通じて知り合った人々、お友達、パンの生徒さん、得意先の人などに知らせ、小さな開店パーテイとしました。
コミュニティFM放送局の運営
地域の商店や企業への飛び込み営業です。開局前に、スポンサーがいることを証明する同意書をもらわないと、放送局としての許可が降りないと言われたので、何度も門前払いを受けながらも粘り強くコミュニティFMについて説明して、開局前に198社の同意を得られました。
天草の自然海塩の製造・卸し・販売
お店に来ていただいたお客さまが最初ですが、店で待っているだけでは商品をアピールできないので、デパートなどで開催される県内外の物産展に出店していきました。また、出店中にはデパートの食品売り場を回って営業活動をするなど、縁(塩)をつないでいきました。
人事制度改革アドバイス・マーケティング事業
製造業の社長さんから退職金問題のコンサルティングの仕事をいただきました。この方とは異業種交流会で席が近かったことが最初の出会いでした。その後、封書の手紙を出し、出会いへの感謝を申し上げたことに感激してくださり、仕事をいただくことができました。
子どもの金銭教育
最初の大きな仕事は、ファイナンシャルプランナー資格講座のライブ新規講座開講で、オリジナルカリキュラム作成、全講師のマネジメント、メイン講師を担当しました。福岡でも地元に力のある講師がいます、と福岡の責任者への売込みが成功した事例です。
安心、快適なオーダーメイドウィッグサロン
もとの会社のお客様がとても喜んで駆けつけてくれ、今もずっと来店してくださっています。来てよかったと思っていただける接客、高い技術を心がけ、兵庫県全域のみならず、大阪、三重、奈良、鳥取、等の遠方から定期的に来店してくださっています。
多言語にわたる翻訳・通訳・語学教育サービス
起業当初、公民館などを利用して中国茶の講座を開いたあと、即売という形で販売もしていましたので、最初のお客様は講座に参加してくれた一般の方々でした。小売りや営業の経験がなかったので、ちょっと強引な売り方だったかもしれません。
スリング、育児用品の製造・販売
最初の頃は助産師さんにチラシを配って、スリングが必要そうな方(新生児を持つママで腱鞘炎などに罹患している・しそうな方)に渡して頂きました。チラシを見て電話を頂いた方のところへ出向き、スリングの使い方などを説明しました。
旅館経営をベースに地域を活性化
もともとこの旅館についていたお客様にも、もちろんご案内しましたが、前経営者が70歳を過ぎた年配の方だったので、新規のお客様の開拓が多かったです。ホームページを作って、インターネットで予約をできるようにしました。
ラム酒の製造・販売
最初のお客様は、南大東島のみなさんです。
島でできたお酒なので、まずは、島の人々に飲んでもらいたい、という思いでした。
島内放送を使って、島内中にラム酒の誕生と島内先行販売の案内をしました。
オーガニックに特化した飲料メーカー
三井住友銀行本店の役員食堂が最初のお客さんでした。ずっと営業職でしたから、営業活動は得意中の得意でした。決裁権のある方を狙って、とにかく飛び込み営業。それが基本です。
障害者就労、環境問題など地域課題の解決に挑戦
回収車に乗って地域を回り、段ボールが積んであると、「回収させてもらってもいいですか?」と飛び込みで声をかけた。何もPRするチラシも持たずに、口だけの営業でした。
ホームページ制作・マーケティングリサーチ
最初のお客さんからはホームページを通じてご依頼をいただきました。18日に会社を設立して、その夜に自社のホームページを作りました。最初の依頼はその1週間後でした。
主婦のチカラをプロデュース
人の紹介、昔の知り合いから広がっていきました。あとはイベントや情報紙を作り、参加企業や広告出稿主を募ったことがきっかけとなって続いていきました。
イベントの司会・演出・総合プロデュース
飛び込みで営業にいきました。
司会の仕事がとれるように、ホテル・婚礼式場などに挨拶回りをしたり、行政にも紹介して頂いて、挨拶に伺いました。
心の教育プログラムを提供
プロアが提供するプログラムがお客様の人生にどう影響を与えられるか、参加することでどんな結果が得られるのかを効果的にお話しました。
家族向け日帰り温泉
雑誌社に営業をしました。また、オープン3日前に新聞の広告をうち、オープン前日に鹿児島市内の繁華街でチラシを配布しました。
オーダーメイドサプリメントの販売・企画
宣伝広告もしなかったので、とにかく来ていただいた方が満足していただくこと、口コミで広げてもらえることを目指しました。
医療子育て相談・代替医療
出産後に引き受けた育児サークルの会報誌に開業記事を出し、それをみて来てくれました。その後は口コミがほとんど。
イーコマースに関するコンサルティング・支援事業
フリーのSE時代、最後に一緒のプロジェクトをした会社が、環境を整えた上で仕事を発注してくださいました。
いのちと食べ物の本当の関係を伝える
これまでの仕事と提案書を持って、気に入った商品を作っている会社にアポイントを取って営業しました。
シックハウスを作らない設計事務所を目指す
口コミからの紹介。今も90パーセントが口コミからの紹介なので、チラシは撒いたことがありません。
お母さんを応援したい・ベビーシッター会社
雑誌と新聞を見たという方がほとんどです。
その後は口コミで広がりました。
働き続けたいという要望に応えるネットオフィス
それまでの仕事(ライター)の中で、知り合った方へ営業しました。
言語障害・発達障害の子どもと親のサポート
もともといた会員がお客様ともいえるでしょう。
自然素材のみを活用した石けん等の製造・販売
インターネットでの受注で、県外の女性でした。
玄米せんべいで食の大切さを訴える
友人や知人に、商品を配ってまわりました。
女性の身体をケアするための複合施設
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大切なペットとの別れを手助けする訪問火葬
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